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医学部6年のタカパラさん。

なんて生きにくい、この世界の中で。医学生やってます。

病院見学で分かったこと

先週何個か見学に行きました。

病院によって条件面での差は色々とありました。

地域、採血、研修医の人数、内視鏡できるかどうか、給料、出身大学、オンコールの有無などなど。

初期研修はどこでやっても一緒って言われてますが、細かい条件面では結構異なってそうなんで、自分にとってベストな条件のところに行きたいものです。

 

今週のお題「卒業」

お題「受験」

病院見学とか就活とか。

ブログ更新途絶えてましたが再開しますよ~。

病院見学とか就活とか。
なんて言ったってめんどくさい。
だけど大学病院には行きたくないから、仕方なくやっているという感じ。
アカデミック指向だったり、権力志向じゃない限り積極的に残る理由はよく分からない。
女性は結構大学病院指向の人が多いけど、なんでだろうね。
やっぱ研修医の数が多いから婚活する上で有利なんだとか、真面目ぶりたい感じなのかしら?
男性だと就職無気力勢か、勉強大好き勢、彼女が大学にいるから、地元の四択ぐらいっぽい。
研修医になったとしても採血や書類書きなどの雑用ばかり押しつけられて、肝心なことを学びにくいのはどうかなって感じがします。
まあフィジカル的には楽っていうウワサもあるんですけどね。。。
でも、自分はさっさと自分の道を選ぼうと思います。
医療ニュースサイトのM3かどっかで、40代で大学病院に残っている医者は10%程度って読んで、自分の意見とおじさんの大多数の意見と一致してるからそんなに間違って無いと思います。

 

とはいえ新専門医制度がf**kすぎてそうはいかないかもしれないですがね。。。
大学病院に権益を集中させるf**k制度。

 

常識的に考えて、過疎地で働くメリットがないから、過疎になるわけで、魅力的にすればまともな人材は集まると思うよ。
なのに、「やりがい」だけ掲げられても誰もくるわけないじゃん。
最近実際に地域医療の現場をみてビックリしました。
「医者は来て当然」「いつでも診ろ」「見学させてやる」的なことをマイルドに言っているので耳を疑いました。
ペイシェントできない横暴なペイシェントが多すぎて、驚愕しましたね。
まあ東京の人も言いそうだけどね。
田舎が田舎になっていく理由がよく理解できました。
能力無くて、他人に媚びを売るのが上手い人が生き残るって感じなのかな。
能力ある人はアメリカを目指したように、日本だと東京を目指すっていうかんじ。

まず田舎に医者を派遣させるなら、教授から順番に行ってくださいって感じです。
せめて、給与は東京の2倍にしないと誰も来ないと思うよ。
それでも、現代文明をいつでも享受できる立場とか、子供の教育のことを考えると、お金だけでは厳しいとは思いますがね。

 

 

就活の話の話に戻ります。
発達障害気味の自分にとっては、慣れない場所で無難に振る舞うことも、電話をすることも、メールを送ることもすら負担に感じてしまうんですよね。
それこそエビリファイ飲んでみたいくらい。(アルコールは自分にはあまり効かない感じなのでデパスは意味無さそう。)

医療系以外の職業だと、買い手市場と聞いているので、どれだけ大変かは想像に絶します。
数十件も面接に行くとかは自分の環境からは考えられないです。

そういう意味も含めて、最近では、一般の会社員とか、車作っている人とか、商社の人とかは尊敬するようになってきた。
実際に日本の富を生み出しているのは彼らです。
だから近頃は産業医に興味があったりもするんですよね。

 

お題「最近涙したこと」

f※※kがたくさん

したっぱのうちは苦労しろとかいうけど、それは本心から言っているのかどうか気になっている。

ボクはそのようにはとうてい思わないし、避けられる苦労は避けるほうが良いと思っている。

 

何がf※※kかというと数え切れ無いほどあって、上の立場の人間に対して機嫌取りをさせられたり、金が支払われ無いのに無駄に拘束させられたり、半分ぐらいの医者が寝ている無価値なカンファに人数合わせのために参加させられたり、新しい診療科で実習が始まって集合したにも関わらず学生を無視したり、など要するに無数に存在する。

 

他の友人に腹がたたないかと聞いても、ムカつくけどそういうものだと考えていると言う人ばかりだ。

確かにそういう風に受け入れてしまえば楽だし、心に波風がたたないかもしれない。

それに儒教文化では目上の人が偉いし、従うべきなのである。

出世?できるのもこういう人なのだと思う。

 

しかし、自分が根源的にオカシイと思った事を受け入れてしまえば、その後の人生の方向性も狂ってしまう、という文章を読んだ記憶がある。

自分が自分にしかできないことがあるかどうかはよくわからないが、この部分は侵さずに今のところは保っている次第である。

FF15クリアしました。(医学のことじゃないよ)

FF15クリアしました。

プレイ時間は28時間程度でした。

ボクとしては全体的に楽しめましたが、Amazonで色々と酷評されていて若干驚いています。

確かに自分としても前半はかなり盛り上がっていてかなり良かった気がしましたが、後半は失速気味でしたね。

伏線も未回収のものが多かったし。

シナリオライターが女性だったらしく、ホモ臭さが時たまに鼻についたりも笑。

あとローディングは長く冗長でした。

クリア後にサブクエストやろうと思ってましたが、ローディングの多さに心をおられかけてます。

だけど、戦闘は操作していてかなり面白いし、序盤のシナリオはかなり良かったし、映像はかなり綺麗です。

デメリットを上回る欠点がたくさんあったのではないかなと思いました。

 

なんだかんだでボクはゲーム好きだと分かったので、これからもやっていこうかなと思いました。

もっと建設的なことに浸れれば、有意義なのでしょうが、何も趣味がない方が問題なので、これでいいのだと思いました。

 

お題「マイブーム」

Cyclothymia or Bipolar II or something.

最近はやたら気が滅入ってブログを書く気力も無かった。
些細な原因は普段通りにいくつもあるが、季節による影響が大きいと思う。
例年12月に入ったぐらいの時期にいつもこんな状態になってしまう。
大学に向かう元気も頑張って絞り出している感じである。

 

自分はどこか双極性障害か気分循環性障害みたいなところがある。
もしかしたら性格なのかもしれないけど、暗い気持ちを吹き消そうと快活にふるまおうとする嫌いがある。
このような行動を躁的防衛と言うらしい。
そのせいで疲れてしまっているのかも知れない。

 

お題「今日の出来事」

看護師・医師などの資格職の罠

みじめだという印象を彼女たちに対して持っていた

 

ごく少量のもやもやしたことは手に余るほど存在するけど、濃度が薄すぎて書くことができずにいた。

だけど、書くことは気分転換になるし、自分を見つめることになる気がするので書くこととした。

 

自分にとって金を稼ぐ才能が無いと自覚していたから、手に職をつけようと医師を選択した。

医学部に落ちていたら薬学部に行っていたと思う。

結局は日本でかなり強いと言われている資格職だ。

 

ボクの友人は結構な人数が専門学校を卒業して、看護師になっている人がいた。

彼女たちの話を聞く限り、職場や学校では人として扱われるのでは無く、看護師という資格として扱われていて、人間としてはみられていないという印象を私は持っていた。

そのため、みじめだという印象を彼女たちに対して持っていたが、年を経る度にそれは自分にも同様に適応されると感じてきている。

 

均質性が求められ、到達地点が明確な分野だが、自分にも達成できると考えて選んだが、最近はそういう分野を選んでしまって窮屈な感じを受けている。

こうなるのであればアートや、人文学などを選択すれば良かったと考えている。

教員たちも、学生やレジデントを尊重することは無く、ただの手下として扱っている。
そういった組織で立ち回るためには、媚びるか、サボタージュなどの消極的な反抗ぐらいしかない。

反抗は人によっては思いがけないしっぺ返し喰らうことが度々あるので、最近は胡麻を擂っている。

賛美をすれば自由になれる。

 

ボクには大学病院で出世していく自信が無い。

こんな大きな組織にいると押しつぶされて窒息してしまう。

あと1年半で自由になれるから、それまでの辛抱と考え日々耐えている。

 

お題「私のトリセツ」

受験勉強と言う名の投資

ぼくの部屋には机が無かった

 

勉強というのも投資の一部だと考えられている。

特に受験勉強は最も効率の良い投資の一つで、しかも資金も必要なく、必要なのは時間だけだという特殊性がある。

なら、時間が有り余って仕方が無い貧困層の受験生が有利であるかと言えば、全くそのような訳はなく、やはり富裕層が有利であるのは数々のデータから明らかである。

いくつか理由は考えられるが、以下の2点が大きいのだと思う。

 

1. 受験ノウハウの不足

2. 学習環境の不備

 

1. について。

ノウハウと言っても色々あるが、参考書の選択にしろ、模試の受験方法にしろ、一般の進学校では自然に身についている知識が欠けていることが多い。

数学ならチャートか1対1、理科なら重要問題集を解くだけで医学部ならどこでも合格する。

 

と言われるが、「解く」という言葉自体の意味も難しい。

どういう段階で始めて「解く」と言えるのか、一度だけ解けたら良いのか、復習の頻度はどれくらいか、などの細かい知識を埋めるには深すぎるギャップが存在する。

 

 

2.

ぼくの部屋には机が無かったし、落ち着いて勉強できる状態では無かった。

だったら図書館へ行けば良いかと言えばそうではなく、大抵の公営の図書館は自習が禁じられている。

だから勉強するためには学校に18時まで残るか、公民館へ行くしかなかった。

授業は16時半ぐらいに終わるが、1時間半程度では少なすぎるし、公民館へ行くには自転車で20分程度かかる距離だった。

バイトして学費を稼げと言われるほど貧困では無かったが、参考書が欲しいというと小言を言われる状況だった。

そのため、Book Offで揃えることが多かった。

 

 

それでも受験格差はインターネットのおかげで狭まりつつあると思う。

情報の質はピンキリだったが2ちゃんねるが役立ったし、そのリンク先はかなり役立った。

パソコンが無ければ今の自分は存在していないと言える。

このおかげで気軽に情報が手に入り、世界が個人個人の手のひらに収まりつつあると言っても過言ではない。

情報の格差が狭まれば、本当に能力がある人が発掘される時代になりうる。

無味乾燥な受験勉強が長けている人が評価されることより、能力が素晴らしい人が評価される方が(困る人はいるだろうが)論理としては整合性がある。