医学部6年のタカパラさん。

なんて生きにくい、この世界の中で。医学生やってます。

車輪の中で

ゲームとかインターネットのような暇つぶしならいくらでも出来るけど、本質的な問題に立ち向かう気力がなかなか沸かない。
日記を書いたりとか、絵を描いたりとか、将来のプランを考えたりとか、想像的なことに費やす時間があまり無い。
自分は特にストレスをはき出すことが苦手で、言語化できない段階で体に吸収してしまっていて精神衛生がかなりひどくなる傾向がある。
そのためには、できるだけ日記を書いて言語化を促さなければ行けないと思う。
ゲームをするという習慣の力から転換しなければいけない。
でも自分のことを考えるのは本当に疲れることで、苦しいことだと思う。
だから自分は逃げてきた。

 

これまで生きてきて精神的に大きく成長できたかと言えば、かなりあやしい。
なんども同じミスを繰り返しているし、堂々巡りを繰り返している気がする。
結局ミスをしても評価せず、眠って記憶から遠ざけることで抑圧しているだけだからなのだ。


精神科の人か、それとも新歓で喋った人かは覚えてないけど、考えることがあるとネガティブな感情が沸いてくるから、考える暇が無いほど体を使いたいという人を覚えている
それを聞いて自由時間こそ至高でしょと自分は怪訝に思っていたけど、自分とそういう人と本質的な違いは無いのだなあと思いはじめている。


同じ所をぐるぐると回っているのはいい加減飽きた。
そろそろ成長したい。

気力は中々沸きづらいけど、できる時にできることから一歩ずつ進みたい。

 

お題「これって私だけ?」

第112回医師国家試験まで残り9ヶ月

試験日程を調べたんですが、未だ確定はしていないみたいです。

去年度のは2月11日~13日だったんでそのあたりだと思います。

 

5月の頭から試験勉強を始めました。

国家試験対策用のQBとかいう本の問題は合計で7500問あるんですが、250日勉強するとしても一日30問ペースで解いていかないといけないからかなりヘビーです。

しかも自分の大学だと一回目の卒業試験が夏休み明けにあるから、その倍のペースで解いていかないとかなりかつかつなんですよねえ。

自分の場合、一時間で15問解けたらかなり優秀って感じなんで、少なくとも毎日四時間勉強に割かないといけないっぽいんで結構厳しいです。

問題文の検査値とか端折って読んだらもっと解けそうだけどそんなんでいいのかな。

 

大学受験を振り返ると青チャートの問題をIAからIIICまで集めても1000問だけっぽいんですが、当時はそれでもかなり苦労したんで今回は一体どうなるか結構不安です。

大学受験の水準かそれ以上までモチベーションを高めないと難しそうだけど、なんとかなるのか謎です。

でも就職活動とか、落ちたらもう一回病院見学しなきゃいけないとか考えるとかなり面倒ですので、なんとか今年受かっておきたいとは思うのです。

 

お題「読書感想文」

精神科医にはなりませんよ

精神科医になろうかと思ってたけど、最近はその気持ちが揺らいでいる。
精神病自体の勉強は自分にとってものすごく楽しいのは間違いないけど、その背後にいる患者を診ていくのはかなり厳しいのでは無いかと最近思っている。

 

最近、精神科の実習があって、教員ではなく、患者自身に辟易とさせられたのだ。

ボーダーちっくな人や、鬱で焦燥感が強くてキレてくる人とかもろもろ居て、ものすごくストレスがかかっていたのだ。

肉体的には消化器外科か循環器外科がきつかったけど、精神的には間違いなく精神科がきつい。

精神科は適性が問われる科と言われているけど、間違いなさそうだと思う。

それに肉体的な疲労は寝たら治るけど、精神的な疲労はあまり回復しないっぽい。

精神的な疲労は、寝ることで意識から一時的に遠ざかるけど、頭の片隅に潜んでいて蓄積している気がする。

 

ぶっちゃけた話、適性の無さそうな自分が精神科医になった場合、患者に対してキレる医師になりそうな気がしている。

患者自身が悪いのではなく、病気が悪いと頭では理解しているが、やはり患者自体を苛立たしく思ってしまいそうなのである。

だからといって、話もおざなりにして薬だけ出す医者になれば良いのかもしれないけど、それなら内科で身体を診ていく方が良い気がする。

 

お題「わたしの黒歴史」

ラオスに行ったらマラリアで死にかけた話。

4週間ほど海外旅行してました。

マラリア蔓延国で、いきなりの発熱はかなりビックリします。
いきなり高熱が出現して、当日中に解熱する熱型だったので、足りない頭で一番に閃くのはマラリアではないかという事で、病院で診てもらおうか真剣に迷いました。
黄疸、脾腫、肝腫大が無かったのと、ラオスの医療レベル(採血で肝炎もらったりもありえる?)を考えて、とりあえず様子見してたんですけどね。
まあ結局無事っぽかったんですが。

 

ラオスは文明化された地域と、伝統的な生活(高床式住居、川の水で洗濯したり)をしている地域があって、棲み分けしているように見えました。

伝統的な暮らしをする、つまり不便で悲愴さがあると考えていたのですが、ぱっと見た感じではそんな感じは全くなく、むしろのびのびと生活しているように見えました。

今の日本をみると物質的には恵まれているとは思うのですが、そういう精神的な豊かさが欠けているのではないかと思いました。

 

ちなみに無事に6年に進級しました。

 

今週のお題「自己紹介」

お題「もう一度行きたい場所」

発達障害とか、ボーダーとか、頭の良さとか。

自分が完全には異常ではないにしも、ある程度は異常だと認識することが始まりだと思う。
本当に今の状況の改善したいのであれば、悲惨な過去は今更変えようが無いし、身内がダメだったらカウンセラーに頼るか、自分自身で認知を変えるしかない気がする。
つまり、自分の感情に振り回されないで、本当に良くなりたい気持ちが大事なんだよね。
やっぱ、そういう面でも、自分のメンテナンスがきちんとできる本質的な頭の良さが大事なんだなあと実感する。
ボクは本質的な頭の良さが一番大事なんだと思うんだけど、これって結局は精神的な強さも一部に含まれている気がする。
ナチス強制収容所に収容されても、切り抜けられる力は本質的に頭が良いといえる一部だと思う。

まとめると、
頭の良さとは
1. 勉強ができる
2. 自分のメンテナンスができる
3. 精神的な不調をきたしにくい
って感じなのかな。

自分にとっての物事の価値や、外的な影響って、自分の精神性が決めていると思うんで、精神を健康に保つことが何事にとってもかけがえのないものだと思う。
この能力があれば、業績をどんどんあげられるし、窮地に陥っても回避することは容易そう。
ボクはこの力がないんで、鬱々としてるんだよね。

お題「最近涙したこと」

ボクが本当にしたい事。。。

ほそぼそと更新してますよっと。

自分が本当にしたいことって一体なんなのか分からなくてつらい。
小中高までの小さい頃の自分はゲームをすることが本当に楽しかったのは間違いないし、このときの自分にとってゲームをすることが自分の人生を生きることに等しかった。
でも高三ぐらいからちょっと雲行きが怪しくなってきた。
自分の中に潜んでいる陰鬱さが顔を出し始めたのはこの時期からだった。
夏目漱石の「こころ」や森鴎外の「舞姫」などの純文学を読んだり、メンヘラな同級生が居たりして、他人の人生というものを垣間見た気がして、自分の人生というものを考え始めた。
だから人生や生命・精神を扱える仕事として医師というものを選択したく、医学部に入学したわけである。

入学したから複雑なものを考えられたかと言えばそうではなく、大局的な人生というものは学問の中であまり取り扱いすることはなく、個々のミクロな病態について学習するという有様であった。
それでも医学部を選んだことをそれほど後悔しているわけではない。
机上の空論を勉強しているより、身近なものについて勉強している方が遥かに応用が効くからだ。
医学部では他の学部と違って、卒業した学生の99%は医者になる。
学生の殆どが医者になることに注力するみたいで、それってどうなのかなと思っている。
ボクが彼らと決定的に違う点は仕事をすることが自己実現に繋がるとは考えていないということなのである。
とはいえ、だからどうしたいの? と聞かれても口籠もってしまうのがまた痛いところで、今のボクは致命的な窮地に陥っている
知り合いの中にはどうせすることないし仕事するって言う人もいるけど、最近はそういう人の気持ちも分かりつつある。
だけどボクは自分の人生をもう少し追求したいと思っている。
ただ周りに流されて生きるのでは無く、せめて主体的に行動したいと考えている。

 

お題「誰にも信じてもらえない体験」

情熱 go away.

ブログ村から医学部受験する人のブログみていた。
みんなものすごく情熱があって凄いなあと思う。

 

対して、今の自分の気持ちはどういうものなんだろうと思った。
昔のボクは彼らほどでは無いけど、ある程度燃えていたのは事実だった。
入学した当初は夢みたいなものがふんわりと頭の中に存在していた気がするが、今は頑張って思い出そうとしても思い出せない。
リアルの生活では表面上はある程度明るく振る舞っているけど、心の中の気力は尽きている。